156
ひとばえするもの
ことなることなき人の子の、かなしくしならはされたる。しはぶき。恥しき人に物いはんとするにも、まづさきにたつ。あなたこなたに住む人の子どもの、四つ五つなるは、あやにくだちて、物など取りちらして損ふを、常は引きはられなど制せられて、心のままにもえあらぬが、親のきたる所えて、ゆかしかりける物を、「あれ見せよや母」などひきゆるがすに、おとななど物いふとて、ふとも聞き入れねば、手づから引き捜し出でて見るこそいとにくけれ。それを「まさな」とばかり打ち言ひて、取り隱さで、「さなせそ、そこなふな」とばかり笑みていふ親もにくし。われえはしたなくもいはで見るこそ心もとなけれ。
157
名おそろしきもの
青淵。谷の洞。鰭板。鐵。土塊。雷は名のみならず、いみじうおそろし。暴風。ふさう雲。ほこぼし。おほかみ。牛はさめ。らう。ろうの長。いにすし。それも名のみならず、みるもおそろし。繩筵。強盗、又よろづにおそろし。ひぢかさ雨。地楊梅。生靈。鬼ところ。鬼蕨。荊棘。枳殻。いりずみ。牡丹。うしおに。
158
見るにことなることなき物の文字にかきてこと〴〵しきもの
覆盆子。鴨頭草。みづぶき。胡桃。文章博士。皇后宮の權大夫。楊梅。いたどりはまして虎の杖と書きたるとか。杖なくともありぬべき顏つきを。
159
むつかしげなるもの
繍物のうら。猫の耳のうち。鼠のいまだ毛も生ひぬを、巣の中より數多まろばし出したる。裏まだつかぬかはぎぬの縫目。殊に清げならぬ所のくらき。ことなる事なき人の、ちひさき子どもなど數多持ちてあつかひたる。いと深うしも志なき女の、心地あしうして久しく惱みたるも、男の心の中にはむつかしげなるべし。
160
えせものの所うるをりの事
正月の大根。行幸のをりの姫大夫。六月十二月の三十日の節折の藏人。季の御讀經の威儀師。赤袈裟著て僧の文ども讀みあげたる、いとらう〳〵じ。御讀經佛名などの、御裝束の所の衆。春日祭の舎人ども。大饗の所のあゆみ。正月の藥子。卯杖の法師。五節の試の御髮上。節會御陪膳の采女。大饗の日の史生。七月の相撲。雨降る日の市女笠。渡するをりのかん取。



