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六位藏人、おもひかくべき事にもあらずかうぶりえて、何の大夫、權の守などいふ人の、板屋せばき家もたりて、また小桧垣など新しくし、車やどりに車ひきたて、前ちかく木おほくして、牛つながせて、草などかはするこそいとにくけれ。庭いと清げにて、紫革して、伊豫簾かけわたして、布障子はりて住居たる。夜は「門強くさせ」など事行ひたる、いみじうおひさきなくこころづきなし。親の家、舅はさらなり、伯父兄などの住まぬ家、そのさるべき人のなからんは、おのづからむつましう、うち知りたる受領、又國へ行きていたづらなる、さらずば女院、宮腹などの屋あまたあるに、官まち出でて後、いつしかとよき所尋ね出でて住みたるこそよけれ。
177
女のひとり住む家などは、唯いたう荒れて、築土などもまたからず、池などのある所は、水草ゐ、庭なども、いと蓬茂りなどこそせねども、所々砂の中より青き草見え、淋しげなるこそあはれなれ。物かしこげに、なだらかに修理して、門いとうかため、きは〴〵しきは、いとうたてこそ覺ゆれ。
178
宮仕人の里なども、親ども二人あるはよし。人しげく出で入り、奧のかたにあまたさまざまの聲多く聞え、馬の音して騒しきまであれどかなし。されど忍びてもあらはれても、おのづから、「出で給ひけるを知らで」とも、「又いつか參り給ふ」などもいひにさしのぞく。心かけたる人は、「いかがは」と門あけなどするを、うたて騒しうあやふげに、夜半までなど思ひたるけしき、いとにくし。「大御門はさしつや」など問はすれば、「まだ人のおはすれば」など、なまふせがしげに思ひて答ふるに、「人出で給ひなば疾くさせ。このごろは盗人いと多かり」などいひたる、いとむつかしう、うち聞く人だにあり。この人の供なるものども、この客今や出づると、絶えずさしのぞきて、けしき見るものどもを、わらふべかンめり。眞似うちするも、聞きてはいかにいとど嚴しういひ咎めん。いと色に出でていはぬも、思ふ心なき人は、必來などやする。されど健なるかたは、「夜更けぬ、御門もあやふかンなる」といひてぬるもあり。誠に志ことなる人は、「はや」などあまた度やらはるれど、猶居あかせば、たび〳〵ありくに、あけぬべきけしきをめづらかに思ひて、「いみじき御門を、今宵らいさうとあけひろげて」と聞えごちて、あぢきなく曉にぞさすなる。いかがにくき。親そひぬるは猶こそあれ。まして誠ならぬは、いかに思ふらんとさへつつましうて。兄の家なども、實に聞くにはさぞあらん。夜中曉ともなく、門いと心がしこくもなく、何の宮、内裏わたりの殿ばらなる人々の出であひなどして、格子などもあげながら、冬の夜を居あかして、人の出でぬる後も、見出したるこそをかしけれ。有明などはましていとをかし。笛など吹きて出でぬるを、我は急ぎても寢られず、人のうへなどもいひ、歌など語り聞くままに、寢いりぬるこそをかしけれ。
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雪のいと高くはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。又雪のいと高く降り積みたる夕暮より、端ちかう、同じ心なる人二三人ばかり、火桶中に居ゑて、物語などするほどに、暗うなりぬれば、こなたには火もともさぬに、大かた雪の光いと白う見えたるに、火箸して灰などかきすさびて、あはれなるもをかしきも、いひあはするこそをかしけれ。よひも過ぎぬらんと思ふほどに、沓の音近う聞ゆれば、怪しと見出したるに、時々かやうの折、おぼえなく見ゆる人なりけり。今日の雪をいかにと思ひきこえながら、何でふ事にさはり、そこに暮しつるよしなどいふ。今日來ん人をなどやうのすぢをぞ言ふらんかし。晝よりありつる事どもをうちはじめて、よろづの事をいひ笑ひ、圓座さし出したれど、片つ方の足はしもながらあるに、鐘の音の聞ゆるまでになりぬれど、内にも外にも、いふ事どもは飽かずぞおぼゆる。昧爽のほどに歸るとて、雪何の山に滿てるとうち誦じたるは、いとをかしきものなり。女のかぎりしては、さもえ居明さざらましを、ただなるよりはいとをかしう、すきたる有樣などを言ひあはせたる。
180
村上の御時、雪のいと高う降りたりけるを、楊器にもらせ給ひて、梅の花をさして、月いと明きに、「これに歌よめ、いかがいふべき」と兵衞の藏人に賜びたりければ、雪月花の時と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよまんには世の常なり、かう折にあひたる事なん、言ひ難き」とこそ仰せられけれ。同じ人を御供にて、殿上に人侍はざりける程、佇ませおはしますに、すびつの烟の立ちければ、「かれは何の烟ぞ、見て來」と仰せられければ、見てかへり參りて、
わたつみの沖にこがるる物見ればあまの釣してかへるなりけり
と奏しけるこそをかしけれ。蛙の飛び入りてこがるるなりけり。



