276
坤元録の御屏風こそ、をかしう覺ゆる名なれ。漢書の御屏風は、雄々しくぞ聞えたる。月次の御屏風もをかし。
277
方違などして夜ふかくかへる、寒きこといとわりなく、おとがひなども皆おちぬべきを、辛うじて來つきて、火桶引き寄せたるに、火の大きにて、つゆ黒みたる所なくめでたきを、こまかなる灰の中よりおこし出でたるこそ、いみじう嬉しけれ。物などいひて、火の消ゆらんも知らず居たるに、こと人の來て、炭入れておこすこそいとにくけれ。されどめぐりに置きて、中に火をあらせたるはよし。皆火を外ざまにかき遣りて、炭を重ね置きたるいただきに、火ども置きたるがいとむつかし。
278
雪いと高く降りたるを、例ならず御格子まゐらせて、炭櫃に火起して、物語などして集り侍ふに、「少納言よ、香爐峯の雪はいかならん」と仰せられければ、御格子あげさせて、御簾高く卷き上げたれば、笑はせたまふ。人々も「皆さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人には、さるべきなめり」といふ。
279
陰陽師の許なる童こそ、いみじう物は知りたれ。祓など爲に出でたれば、祭文など讀む事、人はなほこそ聞け。そと立ちはしりて、白き水いかけさせよともいはぬに、爲ありくさまの、例知り、いささか主に物いはせぬこそ羨しけれ。さらん人もがな、つかはんとこそ覺ゆれ。
280
三月ばかり物忌しにとて、かりそめなる人の家にいきたれば、木どもなどはか〴〵しからぬ中に、柳といひて、例のやうになまめかしくはあらで、葉廣う見えてにくげなるを、「あらぬものなンめり」といへば、「かかるもあり」などいふに、
さかしらに柳のまゆのひろごりて春のおもてをふする宿かな
とこそ見えしか。そのころ又おなじ物忌しに、さやうの所に出でたるに、二日といふ晝つかた、いとど徒然まさりて、只今も參りぬべき心地する程にしも、仰事あれば、いとうれしくて見る。淺緑の紙に、宰相の君いとをかしく書き給へり。
いかにしてすぎにしかたを過しけん暮しわづらふ昨日けふ哉
となん。わたくしには、「今日しも千年の心地するを、曉だに疾く」とあり。この君のの給はんだにをかしかるべきを、まして仰事のさまには、おろかならぬ心地すれど、啓せん事とはおぼえぬこそ。
雲のうへにくらしかねけるはるの日を所がらともながめつる哉
私には、「今宵の程も、少將にやなり侍らんずらん」とて、曉に參りたれば、「昨日の返し、暮しかねけるこそいとにくし。いみじうそしりき」と仰せらるる、いとわびしう誠にさることも。



