21
おひさきなく、まめやかに、えせさいはひなど見てゐたらん人は、いぶせくあなづらはしく思ひやられて、猶さりぬべからん人の女などは、さしまじらはせ、世の中の有樣も見せならはさまほしう、内侍などにても暫時あらせばやとこそ覺ゆれ。宮仕する人をば、あは〳〵しうわろきことに思ひゐたる男こそ、いとにくけれ。げにそもまたさる事ぞかし。かけまくも畏き御前を始め奉り、上達部、殿上人、四位、五位、六位、女房は更にもいはず、見ぬ人は少くこそはあらめ。女房の從者ども、その里より來るものども、長女、御厠人、たびしかはらといふまで、いつかはそれを耻ぢかくれたりし。殿ばらなどは、いとさしもあらずやあらん。それもある限は、さぞあらん。うへなどいひてかしづきすゑたるに、心にくからず覺えん理なれど、内侍のすけなどいひて、をり〳〵内裏へ參り、祭の使などに出でたるも、おもだたしからずやはある。さて籠りゐたる人はいとよし。受領の五節など出すをり、さりともいたうひなび、見知らぬ他人に問ひ聞きなどはせじと、心にくきものなり。
22
すさまじきもの
晝ほゆる犬。春の網代。三四月の紅梅のきぬ。嬰兒のなくなりたる産屋。火おこさぬ火桶、すびつ。牛にくみたる牛飼。博士のうちつづきに女子うませたる。方違にゆきたるにあるじせぬ所。まして節分はすさまじ。人の國よりおこせたる文の物なき。京のをもさこそは思ふらめども、されどそれはゆかしき事をも書きあつめ、世にある事を聞けばよし。人の許にわざと清げに書きたててやりつる文の、返事見ん、今は來ぬらんかしとあやしく遲きと待つほどに、ありつる文の結びたるもたて文も、いときたなげに持ちなしふくだめて、うへにひきたりつる墨さへ消えたるをおこせたりけり。「おはしまさざりけり」とも、もしは「物忌とて取り入れず」などいひてもて歸りたる、いとわびしくすさまじ。またかならず來べき人の許に、車をやりて待つに、入り來る音すれば、さなンなりと人々出でて見るに、車やどりに入りて、轅ほうとうち下すを、「いかなるぞ」と問へば、「今日はおはしまさず、渡り給はず」とて、牛のかぎりひき出でていぬる。また家動りてとりたる壻の來ずなりぬる、いとすさまじ。さるべき人の宮仕する許やりて、いつしかと思ふも、いと本意なし。兒の乳母の唯あからさまとて往ぬるを、もとむれば、とかくあそばし慰めて、「疾く來」といひ遣りたるに、「今宵はえ參るまじ」とて返しおこせたる、すさまじきのみにもあらず、にくさわりなし。女などむかふる男、ましていかならん。待つ人ある所に、夜少し更けて、しのびやかに門を叩けば、胸少し潰れて、人出して問はするに、あらぬよしなきものの名のりしてきたるこそ、すさまじといふ中にも、かへすがへすすさまじけれ。驗者の物怪調ずとて、いみじうしたりがほに、獨鈷や珠數などもたせて、せみ聲にしぼり出し讀み居たれど、いささか退氣もなく、護法もつかねば、集めて念じゐたるに、男も女も怪しと思ふに、時のかはるまで讀みこうじて、「更につかず、たちね」とて珠數とりかへして、あれと「驗なしや」とうちいひて、額より上ざまに頭さぐりあげて、あくびを己うちして、よりふしぬる。除目に官得ぬ人の家、今年はかならずと聞きて、はやうありし者どもの、外々なりつる、片田舎に住む者どもなど、皆集り來て、出で入る車の轅もひまなく見え、物まうでする供にも、われも〳〵と參り仕うまつり、物食ひ酒飮み、ののしりあへるに、はつる曉まで門叩く音もせず。「怪し」など耳立てて聞けば、さきおふ聲して上達部など皆出で給ふ。ものききに、宵より寒がりわななき居りつるげす男など、いと物うげに歩み來るを、をるものどもは、とひだにもえ問はず。外よりきたる者どもなどぞ、「殿は何にかならせ給へる」など問ふ。答には、「何の前司にこそは」と、必いらふる。まことに頼みける者は、いみじう歎かしと思ひたり。翌朝になりて、隙なくをりつる者も、やう〳〵一人二人づつすべり出でぬ。ふるきものの、さもえ行き離るまじきは、來年の國々を手を折りて數へなどして、ゆるぎ歩きたるも、いみじういとほしう、すさまじげなり。よろしう詠みたりと思ふ歌を、人の許に遣りたるに返しせぬ。懸想文はいかがせん、それだにをりをかしうなどある返事せぬは、心おとりす。又さわがしう時めかしき處に、うちふるめきたる人の、おのがつれ〴〵と暇あるままに、昔覺えて、ことなる事なき歌よみして遣せたる。物のをりの扇、いみじと思ひて、心ありと知りたる人にいひつけたるに、その日になりて、思はずなる繪など書きてえたる。産養、馬餞などの使に、禄などとらせぬ。はかなき藥玉、卯槌などもてありく者などにも、なほ必とらすべし。思ひかけぬことに得たるをば、いと興ありと思ふべし。これはさるべき使ぞと、心ときめきして來るに、ただなるは、誠にすさまじきぞかし。
壻とりて、四五年までうぶやのさわぎせぬ所。おとななる子どもあまた、ようせずば、孫などもはひありきぬべき人の親どちの晝寢したる。傍なる子どもの心地にも、親のひるねしたるは、よりどころなくすさまじくぞあるべき。寢起きてあぶる湯は、腹だたしくさへこそ覺ゆれ。十二月の晦日のなが雨、一日ばかりの精進の懈怠とやいふべからん。八月のしらがさね。乳あへずなりぬる乳母。
23
たゆまるるもの
精進の日のおこなひ。日遠きいそぎ。寺に久しくこもりたる。
24
人にあなづらるるもの
家の北おもて。あまり心よしと人に知られたる人。年老いたるおきな。又あは〳〵しき女。築土のくづれ。
25
にくきもの
急ぐ事あるをりに長言する客人。あなづらはしき人ならば、「後に」などいひても追ひやりつべけれども、さすがに心はづかしき人、いとにくし。硯に髮の入りてすられたる。また墨の中に石こもりて、きし〳〵ときしみたる。俄にわづらふ人のあるに、驗者もとむるに、例ある所にはあらで、外にある、尋ねありくほどに、待遠にひさしきを、辛うじて待ちつけて、悦びながら加持せさするに、このごろ物怪に困じにけるにや、ゐるままに即ねぶり聲になりたる、いとにくし。何でふことなき人の、すずろにえがちに物いたういひたる。火桶すびつなどに、手のうらうちかへし、皺おしのべなどしてあぶりをるもの。いつかは若やかなる人などの、さはしたりし。老ばみうたてあるものこそ、火桶のはたに足をさへもたげて、物いふままに、おしすりなどもするらめ。さやうのものは、人のもとに來てゐんとする所を、まづ扇して塵拂ひすてて、ゐも定まらずひろめきて、狩衣の前、下ざまにまくり入れてもゐるかし。かかることは、いひがひなきものの際にやと思へど、少しよろしき者の式部大夫、駿河前司などいひしがさせしなり。また酒飮みて、赤き口を探り、髯あるものはそれを撫でて、盃人に取らするほどのけしき、いみじくにくしと見ゆ。また「飮め」などいふなるべし、身ぶるひをし、頭ふり、口わきをさへひきたれて、「わらはべのこうどのに參りて」など、謠ふやふにする。それはしも誠によき人のさし給ひしより、心づきなしと思ふなり。物うらやみし、身のうへなげき、人のうへいひ、露ばかりの事もゆかしがり、聞かまほしがりて、いひ知らぬをば怨じそしり、又わづかに聞きわたる事をば、われもとより知りたる事のやうに、他人にも語りしらべいふも、いとにくし。物聞かんと思ふほどに泣く兒。烏の集りて飛びちがひ鳴きたる。忍びて來る人見しりて吠ゆる犬は、うちも殺しつべし。さるまじうあながちなる所に、隱し伏せたる人の、鼾したる。又密に忍びてくる所に、長烏帽子して、さすがに人に見えじと惑ひ出づるほどに、物につきさはりて、そよろといはせたる、いみじうにくし。伊豫簾など懸けたるをうちかつぎて、さら〳〵とならしたるも、いとにくし。帽額の簾はましてこはき物のうちおかるる、いとしるし。それもやをら引きあげて出入するは、更に鳴らず。又遣戸など荒くあくるも、いとにくし。少しもたぐるやうにて開くるは、鳴りやはする。あしうあくれば、障子などもたをめかし、こほめくこそしるけれ。ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊のほそ聲になのりて、顏のもとに飛びありく、羽風さへ身のほどにあるこそ、いとにくけれ。きしめく車に乘りて歩くもの、耳も聞かぬにやあらんと、いとにくし。わが乘りたるは、その車のぬしさへにくし。物語などするに、さし出でてわれひとり才まぐるもの。すべてさし出は、童も大人もいとにくし。昔物語などするに、われ知りたりけるは、ふと出でていひくたしなどする、いとにくし。鼠の走りありく、いとにくし。あからさまにきたる子ども童をらうたがりて、をかしき物など取らするに、ならひて、常に來て居入りて、調度やうち散らしぬる、にくし。家にても宮仕所にても、逢はでありなんと思ふ人の來るに、虚寐をしたるを、わが許にあるものどもの起しによりきては、いぎたなしと思ひ顏に、ひきゆるがしたるいとにくし。新參のさしこえて、物しり顏にをしへやうなる事いひ、うしろみたる、いとにくし。わが知る人にてあるほど、はやう見し女の事、譽めいひ出しなどするも、過ぎてほど經にけれど、なほにくし、ましてさしあたりたらんこそ思ひやらるれ。されどそれは、さしもあらぬやうもありかし。はなひて誦文する人。大かた家の男しうならでは、高くはなひたるもの、いとにくし。蚤もいとにくし。衣の下にをどりありきて、もたぐるやうにするも、また犬のもろ聲に長々となきあげたる。まが〳〵しくにくし。



