枕草子: 046-050

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せちは
五月にしくはなし。菖蒲蓬などのかをりあひたるもいみじうをかし。九重の内をはじめて、いひしらぬ民の住家まで、いかでわがもとに繁くふかんと葺きわたしたる、猶いとめづらしく、いつか他折はさはしたりし。空のけしきの曇りわたりたるに、后宮などには、縫殿より、御藥玉とていろの糸をくみさげて參らせたれば、御几帳たてまつる母屋の柱の左右につけたり。九月九日の菊を、綾と生絹のきぬに包みて參らせたる、同じ柱にゆひつけて、月ごろある藥玉取り替へて捨つめる。又藥玉は菊のをりまであるべきにやあらん。されどそれは皆糸をひき取りて物ゆひなどして、しばしもなし。御節供まゐり、わかき人々は菖蒲のさしぐしさし、物忌つけなどして、さま唐衣、汗衫、ながき根、をかしきをり枝ども、村濃の組して結びつけなどしたる、珍しういふべきことならねどいとをかし。さても春ごとに咲くとて、櫻をよろしう思ふ人やはある。辻ありく童女の、ほどにつけては、いみじきわざしたると、常に袂をまもり、人に見くらべ えもいはず興ありと思ひたるを、そばへたる小舎人童などにひきとられて、泣くもをかし。紫の紙に樗の花、青き紙に菖蒲の葉、細うまきてひきゆひ、また白き紙を根にしてゆひたるもをかし。いと長き根など文の中に入れなどしたる人どもなども、いと艶なる返事かかんといひ合せかたらふどちは、見せあはしなどする、をかし。人の女、やんごとなき所々に御文聞え給ふ人も、今日は心ことにぞなまめかしうをかしき。夕暮のほどに杜鵑の名のりしたるも、すべてをかしういみじ。
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木は
桂。五葉。柳。橘。そばの木、はしたなき心地すれども、花の木ども散りはてて、おしなべたる緑になりたる中に、時もわかず濃き紅葉のつやめきて、思ひかけぬ青葉の中よりさし出でたる、めづらし。檀更にもいはず。そのものともなけれど、やどり木といふ名いとあはれなり。榊、臨時の祭、御神樂のをりなどいとをかし。世に木どもこそあれ、神の御前の物といひはじめけんも、とりわきをかし。くすの木は、木立おほかる所にも殊にまじらひたてらず、おどろしき思ひやりなどうとましきを、千枝にわかれて戀する人の例にいはれたるぞ、誰かは數を知りていひ始めけんとおもふにをかし。檜、人ぢかからぬものなれど、みつばよつばの殿づくりもをかし。五月に雨の聲まねぶらんもをかし。楓の木、ささやかなるにも、もえ出でたる梢の赤みて、同じかたにさし廣ごりたる葉のさま、花もいと物はかなげにて、むしなどの枯れたるやうにてをかし。あすはひの木、この世近くも見えきこえず、御嶺に詣でて歸る人など、しか持てありくめる。枝ざしなどのいと手ふれにくげに荒々しけれど、何の意ありてあすはひの木とつけけん、あぢきなき兼言なりや。誰にたのめたるにかあらんと思ふに、知らまほしうをかし。ねずもちの木、人なみなるべき樣にもあらねど、葉のいみじうこまかに小さきがをかしきなり。樗の木。山梨の木。椎の木は、常磐木はいづれもあるを、それしも葉がへせぬ例にいはれたるもをかし。白樫などいふもの、まして深山木の中にもいと氣遠くて、三位二位のうへのきぬ染むる折ばかりぞ、葉をだに人の見るめる。めでたき事、をかしき事にとり出づべくもあらねど、いつとなく雪の降りたるに見まがへられて、素盞嗚尊の出雲國におはしける御事を思ひて、人丸が詠みたる歌などを見る、いみじうあはれなり。いふ事にても、をりにつけても、一ふしあはれともをかしとも聞きおきつる物は、草も木も鳥蟲も、おろかにこそ覺えね。楪のいみじうふさやかにつやめきたるは、いと青う清げなるに、思ひかけず似るべくもあらず。莖の赤うきらしう見えたるこそ、賤しけれどもをかしけれ。なべての月頃はつゆも見えぬものの、十二月の晦日にしも時めきて、亡人のくひ物にもしくにやとあはれなるに、又齡延ぶる齒固の具にもしてつかひたンめるは、いかなるにか。紅葉せん世やといひたるもたのもし。柏木いとをかし。葉守の神のますらんもいとかしこし。兵衞佐、尉などをいふらんもをかし。すがたなけれど、椶櫚の木、からめきて、わろき家のものとは見えず。
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鳥は
他處の物なれど、鸚鵡いとあはれなり。人のいふらんことをまねぶらんよ。杜鵑。水鷄。鴫。みこ鳥。鶸。火燒。山鳥は友を戀ひて鳴くに、鏡を見せたれば慰むらん、いとあはれなり。谷へだてたるほどなどいと心ぐるし。鶴はこちたきさまなれども、鳴く聲雲井まで聞ゆらん、いとめでたし。頭赤き雀斑。斑鳩の雄。巧鳥。鷺はいと見る目もみぐるし。まなこゐなども、うたて萬になつかしからねど、万木の森にひとりは寢じと、爭ふらんこそをかしけれ。容鳥。水鳥は鴛鴦いとあはれなり。互に居かはりて、羽のうへの霜を拂ふらんなどいとをかし。都鳥。川千鳥は友まどはすらんこそ。雁の聲は遠く聞えたるあはれなり。鴨は羽の霜うち拂ふらんと思ふにをかし。鶯は文などにもめでたき物につくり、聲よりはじめて、さまかたちもさばかり貴に美しきほどよりは、九重の内に鳴かぬぞいとわろき。人のさなんあるといひしを、さしもあらじと思ひしに、十年ばかり侍ひて聞きしに、實に更に音もせざりき。さるは竹も近く、紅梅もいとよく通ひぬべきたよりなりかし。まかンでて聞けば、あやしき家の見どころもなき梅などには、花やかにぞ鳴く。夜なかぬもいぎたなき心地すれども、今はいかがせん。夏秋の末まで老聲に鳴きて、むしくひなど、ようもあらぬものは名をつけかへていふぞ、口惜しくすごき心地する。それも雀などのやうに、常にある鳥ならば、さもおぼゆまじ。春なくゆゑこそはあらめ。年立ちかへるなど、をかしきことに、歌にも文にも作るなるは、なほ春のうちならましかば、いかにをかしからまし。人をも人げなう、世のおぼえあなづらはしうなりそめにたるをば、謗りやはする。鳶、烏などのうへは、見いれ聞きいれなどする人、世になしかし。さればいみじかるべきものとなりたればと思ふに、心ゆかぬ心地するなり、祭のかへさ見るとて、雲林院、知足院などの前に車をたてたれば、杜鵑もしのばぬにやあらん鳴くに、いとようまねび似せて、木高き木どもの中に、諸聲に鳴きたるこそさすがにをかしけれ。杜鵑は猶更にいふべきかたなし。いつしかしたり顏にも聞え、歌に、卯の花、花橘などにやどりをして、はたかくれたるも、ねたげなる心ばへなり、五月雨の短夜に寢ざめをして、いかで人よりさきに聞かんとまたれて、夜深くうち出でたる聲の、らうじく愛敬づきたる、いみじう心あくがれ、せんかたなし。六月になりぬれば音もせずなりぬる、すべて言ふもおろかなり。夜なくもの、すべていづれもめでたし。兒どものみぞさしもなき。
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あてなるもの
薄色に白重の汗袗。かりのこ。削氷のあまづらに入りて、新しき鋺に入りたる。水晶の珠數。藤の花。梅の花に雪のふりたる。いみじう美しき兒の覆盆子くひたる。
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蟲は
鈴蟲。松蟲。促織。蟋蟀。蝶。われから。蜉蝣。螢。蓑蟲いとあはれなり。鬼の生みければ、親に似て、これもおそろしき心地ぞあらんとて、親のあしき衣ひき著せて、「今秋風吹かんをりにぞこんずる、侍てよ」と
いひて逃げていにけるも知らず、風の音聞き知りて、八月ばかりになれば、ちちよとはかなげに鳴く、いみじくあはれなり。茅蜩、叩頭蟲またあはれなり。さる心に道心おこして、つきありくらん。又おもひかけず暗き所などにほとめきたる、聞きつけたるこそをかしけれ。蠅こそにくきもののうちに入れつべけれ。愛敬なくにくきものは、人々しう書き出づべきもののやうにあらねど、萬の物にゐ、顏などにぬれたる足して居たるなどよ。人の名につきたるは必かたし。夏蟲いとをかしく廊のうへ飛びありく、いとをかし。蟻はにくけれど、輕びいみじうて、水のうへなどをただ歩みありくこそをかしけれ。