146
故殿などおはしまさで、世の中に事出でき、物さわがしくなりて、宮又うちにもいらせ給はず、小二條といふ所におはしますに、何ともなくうたてありしかば、久しう里に居たり。御前わたりおぼつかなさにぞ、猶えかくてはあるまじかりける。左中將おはして物語し給ふ。「今日は宮にまゐりたれば、いみじく物こそあはれなりつれ。女房の裝束、裳唐衣などの折にあひ、たゆまずをかしうても侍ふかな。御簾のそばのあきたるより見入れつれば、八九人ばかり居て、黄朽葉の唐衣、薄色の裳、紫苑、萩などをかしう居なみたるかな。御前の草のいと高きを、などかこれは茂りて侍る。はらはせてこそといひつれば、露おかせて御覽ぜんとて殊更にと、宰相の君の聲にて答へつるなり。をかしくも覺えつるかな。御里居いと心憂し。かかる所に住居せさせ給はんほどは、いみじき事ありとも、必侍ふべき物に思し召されたるかひもなくなど、あまた言ひつる。語りきかせ奉れとなめりかし。參りて見給へ。あはれげなる所のさまかな。露臺の前に植ゑられたりける牡丹の、唐めきをかしき事」などの給ふ。「いさ人のにくしと思ひたりしかば、又にくく侍りしかば」と答へ聞ゆ。「おいらかにも」とて笑ひ給ふ。實にいかならんと思ひまゐらする御氣色にはあらで、さぶらふ人たちの、「左大殿のかたの人しるすぢにてあり」などささめき、さし集ひて物などいふに、下より參るを見ては言ひ止み、はなち立てたるさまに見ならはずにくければ、「まゐれ」などあるたびの仰をも過して、實に久しうなりにけるを、宮の邊には、唯彼方がたになして、虚言なども出で來べし。例ならず仰事などもなくて、日頃になれば、心細くて打ちながむる程に、長女文をもてきたり。「御前より左京の君して、忍びて賜はせたりつる」といひて、ここにてさへひき忍ぶもあまりなり。人傳の仰事にてあらぬなめりと、胸つぶれてあけたれば、かみには物もかかせ給はず、山吹の花びらを唯一つ包ませたまへり。それに「いはで思ふぞ」と書かせ給へるを見るもいみじう、日ごろの絶間思ひ歎かれつる心も慰みて嬉しきに、まづ知るさまを長女も打ちまもりて、「御前にはいかに、物のをりごとに思し出で聞えさせ給ふなるものを」とて、「誰も怪しき御ながゐとのみこそ侍るめれ。などか參らせ給はぬ」などいひて、「ここなる所に、あからさまにまかりて參らん」といひていぬる後に、御返事書きてまゐらせんとするに、この歌のもと更に忘れたり。「いとあやし。同じふる事といひながら、知らぬ人やはある。ここもとに覺えながら、言ひ出でられぬはいかにぞや」などいふを聞きて、ちひさき童の前に居たるが、「下ゆく水のとこそ申せ」といひたる。などてかく忘れつるならん。これに教へらるるもをかし。御かへりまゐらせて、少しほど經て參りたり。いかがと、例よりはつつましうして、御几帳にはたかくれたるを、「あれは今參か」なンど笑はせ給ひて、「にくき歌なれど、このをりは、さも言ひつべかりけりとなん思ふを、見つけでは暫時えこそ慰むまじけれ」などの給はせて、かはりたる御氣色もなし。童に教へられしことばなど啓すれば、いみじく笑はせ給ひて、「さる事ぞ、あまりあなづるふる事は、さもありぬべし」など仰せられて、ついでに、人のなぞ〳〵あはせしける所に、かたくなにはあらで、さやうの事にらう〳〵じかりけるが、「左の一番はおのれいはん、さ思ひ給へ」などたのむるに、さりともわろき事は言ひ出でじと選り定むるに、「その詞を聞かん、いかに」など問ふ。「唯まかせてものし給へ、さ申していと口惜しうはあらじ」といふを、實にと推しはかる。日いと近うなりぬれば、「なほこの事のたまへ非常にをかしき事もこそあれ」といふを、「いさ知らず。さらばなたのまれそ」などむつかれば、覺束なしと思ひながら、その日になりて、みな方人の男女居分けて、殿上人など、よき人々多く居竝みてあはするに、左の一番にいみじう用意しもてなしたるさまの、いかなる事をか言ひ出でんと見えたれば、あなたの人も、こなたの人も、心もとなく打ちまもりて、「なぞ〳〵」といふほど、いと心もとなし。「天にはり弓」といひ出でたり。右の方の人は、いと興ありと思ひたるに、こなたの方の人は、物もおぼえずあさましうなりて、いとにくく愛敬なくて、「あなたによりて、殊更にまけさせんとしけるを」なンど、片時のほどに思ふに、右の人をこにおもふて、うち笑ひて、「ややさらに知らず」と、口ひきたれて猿樂しかくるに、「數させ〳〵」とてささせつ。「いと怪しき事、これ知らぬもの誰かあらん。更に數さすまじ」と論ずれど、「知らずといひ出でんは、などてかまくるにならざらん」とて、つぎ〳〵のも、この人に論じかたせける。いみじう人の知りたる事なれど、覺えぬ事はさこそあれ。「何しかはえ知らずといひし」と、後に恨みられて、罪さりける事を語り出でさせ給へば、御前なるかぎりは、さは思ふべし。「口をしく思ひけん、こなたの人の心地聞し召したりけん、いかににくかりけん」など笑ふ。これは忘れたることかは。皆人知りたることにや。
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正月十日、空いとくらう、雲も厚く見えながら、さすがに日はいとけざやかに照りたるに、えせものの家の後、荒畠などいふものの、土もうるはしうあをからぬに、桃の木わかだちて、いとしもとがちにさし出でたる、片つ方は青く、いま片枝は濃くつややかにて、蘇枋やうに見えたるに、細やかなる童の、狩衣はかけやりなどして、髮は麗しきがのぼりたれば、又紅梅の衣白きなど、ひきはこえたる男子、半靴はきたる、木のもとに立ちて、「我によき木切りて、いで」など乞ふに、又髮をかしげなる童女の、袙ども綻びがちにて、袴は萎えたれど、色などよきうち著たる、三四人、「卯槌の木のよからん切りておろせ、ここに召すぞ」などいひて、おろしたれば、はしりがひ、とりわき、「我に多く」などいふこそをかしけれ。黒き袴著たる男走り來て乞ふに、「まて」などいへば、木のもとによりて引きゆるがすに、危ふがりて、猿のやうにかいつきて居るもをかし。梅などのなりたるをりも、さやうにぞあるかし。
148
清げなるをのこの、雙六を日ひと日うちて、なほ飽かぬにや、みじかき燈臺に火を明くかかげて、敵の采をこひせめて、とみにも入れねば、筒を盤のうへにたてて待つ。狩衣の領の顏にかかれば、片手しておし入れて、いとこはからぬ烏帽子をふりやりて、「さはいみじう呪ふとも、うちはづしてんや」と、心もとなげにうちまもりたるこそ、ほこりかに見ゆれ。
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碁をやんごとなき人のうつとて、紐うち解き、ないがしろなるけしきに拾ひおくに、おとりたる人の、ゐずまひもかしこまりたる氣色に、碁盤よりは少し遠くて、およびつつ、袖の下いま片手にて引きやりつつうちたるもをかし。
150
おそろしきもの
橡のかさ。燒けたる所。みづぶき。菱。髮おほかる男の頭洗ひてほすほど。栗のいが。



