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宰相中將齊信、宣方の中將と參り給へるに、人々出でて物などいふに、ついでもなく、「明日はいかなる詩をか」といふに、いささか思ひめぐらし、とどこほりなく、「人間の四月をこそは」と答へ給へる、いみじうをかしくこそ。過ぎたることなれど、心えていふはをかしき中にも、女房などこそさやうの物わすれはせね、男はさもあらず、詠みたる歌をだになまおぼえなるを、まことにをかし。内なる人も、外なる人も、心えずとおもひたるぞ理なるや。
この三月三十日廊の一の口に、殿上人あまた立てりしを、やう〳〵すべりうせなどして、ただ頭中將、源中將、六位ひとりのこりて、よろづのこといひ、經よみ、歌うたひなどするに、「明けはてぬなり、歸りなん」とて、露は別の涙なるべしといふことを、頭中將うち出し給へれば、源中將もろともに、いとをかしう誦じたるに、「いそぎたる七夕かな」といふを、いみじうねたがりて、曉の別のすぢの、ふと覺えつるままにいひて、わびしうもあるわざかな」と、「すべてこのわたりにては、かかる事思ひまはさずいふは、口惜しきぞかし」などいひて、あまりあかくなりにしかば、「葛城の神、今ぞすぢなき」とて、わけておはしにしを、七夕のをり、この事を言ひ出でばやと思ひしかど、宰相になり給ひにしかば、必しもいかでかは、その程に見つけなどもせん、文かきて、主殿司してやらんなど思ひし程に、七日に參り給へりしかば、うれしくて、その夜の事などいひ出でば、心もぞえたまふ。すずろにふといひたらば、怪しなどやうちかたぶき給はん。さらばそれには、ありし事いはんとてあるに、つゆおぼめかで答へ給へりしかば、實にいみじうをかしかりき。月ごろいつしかと思ひ侍りしだに、わが心ながらすき〴〵しと覺えしに、いかでさはた思ひまうけたるやうにの給ひけん。もろともにねたがり言ひし中將は、思ひもよらで居たるに、「ありし曉の詞いましめらるるは、知らぬか」との給ふにぞ、「實にさしつ」などいひ、「男は張騫」などいふことを、人には知らせず、この君と心えていふを、「何事ぞ〳〵」と源中將はそひつきて問へど、いはねば、かの君に「猶これの給へ」と怨みられて、よき中なれば聞せてけり。いとあへなく言ふ程もなく、近うなりぬるをば、「押小路のほどぞ」などいふに、我も知りにけると、いつしか知られんとて、わざと呼び出て、「碁盤侍りや、まろもうたんと思ふはいかが、手はゆるし給はんや。頭中將とひとし碁なり。なおぼしわきそ」といふに、「さのみあらば定めなくや」と答へしを、かの君に語り聞えければ、「嬉しく言ひたる」とよろこび給ひし。なほ過ぎたること忘れぬ人はいとをかし。宰相になり給ひしを、うへの御前にて、「詩をいとをかしう誦じ侍りしものを、蕭會稽の古廟をも過ぎにしなども、誰か言ひはべらんとする。暫しならでもさぶらへかし。口惜しきに」など申ししかば、いみじう笑はせ給ひて、「さなんいふとて、なさじかし」など仰せられしもをかし。されどなり給ひにしかば、誠にさう〴〵しかりしに、源中將おとらずと思ひて、ゆゑだちありくに、宰相中將の御うへをいひ出でて、「いまだ三十の期に逮ばずといふ詩を、こと人には似ず、をかしう誦じ給ふ」などいへば、「などかそれに劣らん、まさりてこそせめ」とて詠むに、「更にわろくもあらず」といへば、「わびしの事や、いかで、あれがやうに誦ぜで」などの給ふ。「三十の期といふ所なん、すべていみじう、愛敬づきたりし」などいへば、ねたがりて笑ひありくに、陣につき給へりけるをりに、わきて呼び出でて、「かうなんいふ。猶そこ教へ給へ」といひければ、笑ひて教へけるも知らぬに、局のもとにて、いみじくよく似せて詠むに、あやしくて、「こは誰そ」と問へば、ゑみごゑになりて、「いみじき事聞えん。かう〳〵昨日陣につきたりしに、問ひ來てたちにたるなめり。誰ぞと、にくからぬ氣色にて問ひ給へれば」といふも、わざとさ習ひ給ひけんをかしければ、これだに聞けば、出でて物などいふを、「宰相の中將の徳見る事、そなたに向ひて拜むべし」などいふ。下にありながら、「うへに」などいはするに、これをうち出づれば、「誠はあり」などいふ。御前にかくなど申せば、笑はせ給ふ。内裏の御物忌なる日、右近のさうくわんみつなにとかやいふものして、疊紙に書きておこせたるを見れば、「參ぜんとするを、今日は御物忌にてなん。三十の期におよばずは、いかが」といひたれば、返事に、「その期は過ぎぬらん、朱買臣が妻を教へけん年にはしも」と書きてやりたりしを、又ねたがりて、うへの御前にも奏しければ、宮の御かたにわたらせ給ひて、「いかでかかる事は知りしぞ。四十九になりける年こそ、さは誡めけれとて、宣方はわびしういはれにたりといふめるは」と笑はせ給ひしこそ、物ぐるほしかりける君かなとおぼえしか。
弘徽殿とは、閑院の太政大臣の女御とぞ聞ゆる。その御方に、うちふしといふ者の女、左京といひてさぶらひけるを、「源中將かたらひて思ふ」など人々笑ふ頃、宮の職におはしまいしに參りて、「時々は御宿直など仕うまつるべけれど、さるべきさまに女房などもてなし給はねば、いと宮づかへおろかにさぶらふ。宿直所をだに賜りたらんは、いみじうまめにさぶらひなん」などいひ居給ひつれば、人々げになどいふ程に、「誠に人は、うちふしやすむ所のあるこそよけれ。さるあたりには、しげく參り給ふなるものを」とさし答へたりとて、「すべて物きこえず。方人と頼み聞ゆれば、人のいひふるしたるさまに取りなし給ふ」など、いみじうまめだちてうらみ給ふ。「あなあやし、いかなる事をか聞えつる。更に聞きとどめ給ふことなし」などいふ。傍なる人を引きゆるがせば、「さるべきこともなきを、ほとほり出で給ふ、さまこそあらめ」とて、花やかに笑ふに、「これもかのいはせ給ふならん」とて、いとものしと思へり。「更にさやうの事をなんいひ侍らぬ。人のいふだににくきものを」といひて、引き入りにしかば、後にもなほ、「人にはぢがましき事いひつけたる」と恨みて、「殿上人の、笑ふとていひ出でたるなり」との給へば、「さては一人を恨み給ふべくもあらざンめる、あやし」などいへば、その後は絶えてやみ給ひにけり。
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昔おぼえてふようなるもの
繧繝縁の疊の舊りてふし出できたる。唐繪の屏風の表そこなはれたる。藤のかかりたる松の木枯れたる。地摺の裳の花かへりたる。衞士の目くらき。几帳のかたびらのふりぬる。帽額のなくなりぬる。七尺のかづらのあかくなりたる。葡萄染の織物の灰かへりたる。色好の老いくづをれたる。おもしろき家の木立やけたる。池などはさながらあれど、萍水草しげりて。
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たのもしげなきもの
心みじかくて人忘れがちなる。聟の夜がれがちなる。六位の頭しろき。虚言する人の、さすがに人のことなしがほに大事うけたる。一番に勝つ雙六。六七八十なる人の、心地あしうして日ごろになりぬる。風はやきに帆あげたる船。
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經は不斷經。
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近くてとほきもの
宮のほとりの祭。思はぬ兄弟、親族の中。鞍馬の九折といふ道。十二月の晦日、正月一日のほど。



