枕草子: 216-220

216
三條の宮におはしますころ、五日の菖蒲輿など持ちてまゐり。藥玉まゐらせなどわかき人々 御匣殿など、藥玉して、姫宮若宮つけさせ奉りいとをかしき藥玉ほかよりも參らせたるに、あをさしといふものを人の持てきたるを、青き薄樣を艶なる硯の蓋に敷きて、「これませこしにさふらへば」とてまゐらせたれば、
みな人は花やてふやといそぐ日もわがこころをば君ぞ知りける
と、紙の端を引き破りて、書かせ給へるもいとめでたし。
217
十月十餘日の月いとあかきに、ありきて物見んとて、女房十五六人ばかり、皆濃き衣をうへに著て、引きかくしつつありし中に、中納言の君の、紅の張りたるを著て、頸より髮をかいこし給へりしかば、「あたらしきぞ」とて、「よくも似たまひしかな。靱負佐」とぞわかき人々はつけたりし。後に立ちて笑ふも知らずかし。
成信の中將こそ、人の聲はいみじうよう聞き知り給ひしか。同じ所の人の聲などは、常に聞かぬ人は、更にえ聞き分かず、殊に男は、人の聲をも手をも、見わき聞きわかぬものを、いみじう密なるも、かしこう聞き分き給ひしこそ。
218
大藏卿ばかり耳とき人なし。まことに蚊の睫の落つるほども、聞きつけ給ひつべくこそありしか。職の御曹司の西おもてに住みしころ、大殿の四位少將と物いふに、側にある人、この少將に、扇の繪の事いへとさざめけば、「今かの君立ち給ひなんにを」と密にいひ入るるを、その人だにえ聞きつけで、「何とか」と耳をかたぶくるに、手をうちて、「にくし、さのたまはば今日はたたじ」とのたまふこそ、いかで聞き給ひつらんと、あさましかりしか。
219
硯きたなげに塵ばみ、墨の片つかたにしどけなくすりひらめかし、勞多きになりたるが、ささしなどしたるこそ心もとなしと覺ゆれ。萬の調度はさるものにて、女は鏡硯こそ心のほど見ゆるなンめれ。おきぐちのはざめに、塵ゐなど打ち捨てたるさま、こよなしかし。男はまして文机清げに押し拭ひて、重ねならずば、ふたつ懸子の硯のいとつきづきしう、蒔繪のさまもわざとならねどをかしうて、墨筆のさまなども、人の目とむばかりしたてたるこそ、をかしけれ。とあれどかかれどおなじ事とて、黒箱の蓋も片方おちたる硯、わづかに墨のゐたる、塵のこの世には拂ひがたげなるに、水うち流して、青磁の龜の口おちて、首のかぎり穴のほど見えて、人わろきなども、つれなく人の前にさし出づかし。
220
人の硯を引き寄せて、手ならひをも文をも書くに、「その筆な使ひたまひそ」と言はれたらんこそ、いとわびしかるべけれ。うち置かんも人わろし、猶つかふもあやにくなり。さ覺ゆることも知りたれば、人の爲るもいはで見るに、手などよくもあらぬ人の、さすがに物かかまほしうするが、いとよくつかひかためたる筆を、あやしのやうに、水がちにさしぬらして、こはものややりと、假名に細櫃の蓋などに書きちらして、横ざまに投げ置きたれば、水に頭はさし入れてふせるも、にくき事ぞかし。されどさいはんやは。人の前に居たるに「あなくら、奧より給へ」といひたるこそ、又わびしけれ。さしのぞきたるを見つけては、驚きいはれたるも。思ふ人の事にはあらずかし。