291
よろしき男を、下種女などの譽めて、「いみじうなつかしうこそおはすれ」などいへば、やがて思ひおとされぬべし。そしらるるはなか〳〵よし。下種にほめらるるは女だにわろし。また譽むるままにいひそこなひつるものをば。
292
大納言殿まゐり給ひて、文の事など奏し給ふに、例の夜いたう更けぬれば、御前なる人人、一二人づつうせて、御屏風几帳の後などに、みな隱れふしぬれば、唯一人になりて、ねぶたきを念じてさぶらふに、丑四つと奏するなり。「明け侍りぬなり」とひとりごつに、大納言殿、「今更におほとのごもりおはしますよ」とて、寢べきものにも思したらぬを、うたて何しにさ申しつらんと思へども、又人のあらばこそはまぎれもせめ。うへの御前の柱に寄りかかりて、少し眠らせ給へるを、「かれ見奉り給へ、今は明けぬるに、かくおほとのごもるべき事かは」と申させ給ふ。「實に」など宮の御前にも笑ひ申させ給ふも知らせ給はぬほどに、長女が童の、鷄を捕へて持ちて、明日里へ往かんといひて隱し置きたりけるが、いかがしけん、犬の見つけて追ひければ、廊の先に逃げ往きて、恐しう泣きののしるに、みな人起きなどしぬなり。うへもうち驚かせおはしまして、「いかにありつるぞ」と尋させ給ふに、大納言殿の、聲明王の眠を驚すといふ詩を、高ううち出し給へる、めでたうをかしきに、一人ねぶたかりつる目も大になりぬ。「いみじき折の事かな」と宮も興ぜさせ給ふ。なほかかる事こそめでたけれ。又の日は、夜の御殿に入らせ給ひぬ。夜半ばかりに、廊へ出でて人呼べば、「おるるか、われ送らん」との給へば、裳唐衣は屏風にうち懸けていくに、月のいみじう明くて、直衣のいと白う見ゆるに、指貫の半ふみくくまれて、袖をひかへて、「たふるな」といひて率ておはするままに、「遊子なほ殘の月に行けば」と誦じ給へる、又いみじうめでたし。「かやうの事めで惑ふ」とて笑ひ給へど、いかでか、猶いとをかしきものをば。
293
僧都の君の御乳母のままと、御匣殿の御局に居たれば、男ある板敷のもと近く寄り來て、「辛いめを見候ひつる。誰にかはうれへ申し候はんとてなん」と泣きぬばかりの氣色にていふ。「何事ぞ」と問へば、「あからさまに物へまかりたりし間に、きたなぐ侍る所の燒けはべりにしかば、日ごろは寄居蟲のやうに、人の家に尻をさし入れてなん侍ふ。厩寮の御秣積みて侍りける家よりなん、出でまうで來て侍るなり。ただ垣を隔てて侍れば、よどのに寢て侍りける童もほと〳〵燒け侍りぬべくなん、いささか物もとうで侍らず」などいひ居る。御匣殿も聞き給ひて、いみじう笑ひ給ふ。
みまくさをもやすばかりの春のひによどのさへなど殘らざるらん
と書きて、「これを取らせ給へ」とて投げ遣れば、笑ひののしりて、「このおはする人の、家の燒けたりとていとほしがりて給ふめる」とて取らせたれば、「何の御短策にか侍らん、物いくらばかりにか」といへば、「まづよめかし」といふ。「いかでか、片目もあき仕うまつらでは」といへば、「人にも見せよ、只今召せば、頓にてうへへ參るぞ。さばかりめでたき物を得ては、何をか思ふ」とて皆笑ひ惑ひてのぼりぬれば、「人にや見せつらん。里にいきて、いかに腹立たん」など、御前に參りて、ままの啓すれば、また笑ひさわぐ。御前にも、「などかく物ぐるほしからん」とて笑はせ給ふ。
294
男は女親なくなりて、親ひとりある、いみじく思へども、わづらはしき北の方の出で來て後は、内にも入れられず、裝束などの事は、乳母、また故上の人どもなどしてせさす。西東の對のほどに、客人にもいとをかしう、屏風障子の繪も見所ありてすまひたり。殿上のまじらひのほど、口惜しからず、人々も思ひたり。うへにも御氣色よくて、常に召しつつ 御あそびなどのかたきには、思しめしたるに、なほ常に物なげかしう、世のなか心にあはぬ心地して、すき〴〵しき心ぞ、かたはなるまであるべき。上達部のまたなきに、もてかしづかれたる妹一人あるばかりにぞ、思ふ事をもうちかたらひ、慰め所なりける。
295
「定澄僧都に袿なし、すいせい君に袙なし」といひけん人もこそをかしけれ。



