枕草子: 066-070

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里は
逢坂の里。ながめの里。いさめの里。ひとづまの里。たのめの里。朝風の里。夕日の里。十市の里。伏見の里。長井の里。つまとりの里、人にとられたるにやあらん、わが取りたるにやあらん、いづれもをかし。
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草は
菖蒲。菰。葵いとをかし。祭のをり、神代よりしてさるかざしとなりけん、いみじうめでたし。物のさまもいとをかし。澤潟も名のをかしきなり、心あがりしけんとおもふに。三秡草。蛇床子。苔。こだに。雪間の青草。酢漿、あやの紋にても他物よりはをかし。あやふ草は岸の額に生ふらんも、實にたのもしげなくあはれなり。いつまで草は生ふる處いとはかなくあはれなり。岸の額よりもこれはくづれやすげなり。まことの石灰などには、えおひずやあらんと思ふぞわろき。ことなし草は思ふ事なきにやあらんと思ふもをかし、又あしき事を失ふにやといづれもをかし。しのぶ草いとあはれなり。屋の端、さし出でたる物の端などに、あながちに生ひ出でたるさま、いとをかし。蓬いとをかし。茅花いとをかし。濱茅の葉はましてをかし。荊三稜。蘋萍。淺茅。青鞭草。木賊といふ物は風に吹かれたらん音こそ、いかならんと思ひやられてをかしけれ。薺。ならしば、いとをかし。蓮のうき葉のらうたげにて、のどかに澄める池の面に、大なると小さきと、ひろごりただよひてありく、いとをかし。とりあげて物おしつけなどして見るも、よにいみじうをかし。八重葎。麥門冬。山藺。女蘿。濱木綿。葦。葛の風に吹きかへされて裏のいとしろく見ゆる、をかし。
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集は
古萬葉集。古今。後撰。
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歌の題は
都。葛。三秡草。駒。霰。笹。壼菫。女蘿。蒋。高瀬。鴛鴦 淺茅。芝。青鞭草。梨。棗。槿。
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草の花は
嬰麥、唐のは更なり、やまとのもいとめでたし。女郎花。桔梗。菊のところうつろひたる。刈萱。龍膽は枝ざしなどもむつかしげなれど、他花みな霜がれはてたるに、いとはなやかなる色あひにてさし出でたる、いとをかし。わざととりたてて、人めかすべきにもあらぬさまなれど、鴈來紅の花らうたげなり。名ぞうたてげなる。鴈の來る花と、文字には書きたる。雁緋の花、色は濃からねど、藤の花にいとよく似て、春と秋と咲く、をかしげなり。壼菫、すみれ、同じやうの物ぞかし。老いていけば同じなど憂し。しもつけの花。夕顏は朝顏に似て、いひつづけたるもをかしかりぬべき花のすがたにて、にくき實のありさまこそいとくちをしけれ。などてさはた生ひ出でけん。ぬかつきなどいふもののやうにだにあれかし。されどなほ夕顏といふ名ばかりはをかし。葦の花、更に見どころなけれど、御幣などいはれたる、心ばへあらんと思ふにただならず。萌えしも薄にはおとらねど、水のつらにてをかしうこそあらめと覺ゆ。これに薄を入れぬ、いとあやしと人いふめり。秋の野のおしなべたるをかしさは、薄にこそあれ。穗さきの蘇枋にいと濃きが、朝霧にぬれてうち靡きたるは、さばかりの物やはある。秋の終ぞいと見所なき。いろに亂れ咲きたりし花の、かたもなく散りたる後、冬の末まで、頭いと白く、おほどれたるをも知らで、昔おもひいで顏になびきて、かひろぎ立てる人にこそいみじう似ためれ。よそふる事ありて、それをしもこそ哀ともおもふべけれ。萩はいと色ふかく、枝たをやかに咲きたるが、朝露にぬれてなよとひろごりふしたる、牡鹿の分きてたちならすらんも心ことなり。唐葵はとりわきて見えねど、日の影に隨ひて傾くらんぞ、なべての草木の心とも覺えでをかしき。花の色は濃からねど、咲く山吹には山石榴も異なることなけれど、をりもてぞ見るとよまれたる、さすがにをかし。薔薇はちかくて、枝のさまなどはむつかしけれどをかし。雨など晴れゆきたる水のつら、黒木の階などのつらに、亂れ咲きたるゆふばえ。