枕草子: 101-105

101
かたはらいたきもの
客人などにあひて物いふに、奧の方にうち解けごと人のいふを、制せで聞く心地。思ふ人のいたく醉ひておなじ事したる。聞きゐたるをも知らで人のうへいひたる。それは何ばかりならぬつかひ人なれど、かたはらいたし。旅だちたる所ちかき所などにて、下衆どものざれかはしたる。にくげなる兒を、おのれが心地にかなしと思ふままに、うつくしみあそばし、これが聲の眞似にていひける事など語りたる。才ある人の前にて、才なき人の物おぼえがほに人の名などいひたる。殊によしとも覺えぬわが歌を人に語りきかせて、人の譽めし事などいふもかたはらいたし。人の起きて物語などする傍に、あさましう打ちとけて寐たる人。まだ音も彈きととのへぬ琴を、心一つをやりて、さやうのかた知りつる人の前にて彈く。いとどしう住まぬ聟の、さるべき所にて舅にあひたる。
102
あさましきもの
指櫛みがくほどに、物にさへて折れたる。車のうちかへされたる。さるおほのかなる物は、ところせく久しくなどやあらんとこそ思ひしか。ただ夢の心地してあさましうあやなし。人のために恥しき事、つつみもなく、兒も大人もいひたる。かならず來なんと思ふ人を待ち明して、曉がたに、唯いささか忘れて寐入りたるに、烏のいと近くかうと鳴くに、うち見あげたれば、晝になりたるいとあさまし。てうばみにどう取られたる。無下に知らず、見ず、きかぬ事を、人のさし向ひて、あらがはすべくもなくいひたる。物うちこぼしたるもあさまし。賭弓にわななくわななく久しうありてはづしたる矢の、もて離れてことかたへ行きたる。
103
くちをしきもの
節會、佛名に雪ふらで、雨のかき暮し降りたる。節會、さるべきをりの、御物忌に當りたる。いとなみいつしかと思ひたる事の、さはる事出で來て俄にとまりたる。いみじうする人の、子うまで年ごろ具したる。あそびをもし、見すべき事もあるに、かならず來なんと思ひて呼びに遣りつる人の、さはる事ありてなどいひて來ぬ、くちをし。男も女も宮仕所などに、同じやうなる人、諸共に寺へまうで、物へも行くに、このもしうこぼれ出でて、用意はげしからず、あまり見苦しとも見つべくはあらぬに、さるべき人の、馬にても車にても行きあひ見ずなりぬる、いとくちをし。わびては、すきしからん下衆などにても、人に語りつべからんにてもがなと思ふも、けしからぬなめりかし。
104
五月の御精進のほど職におはしますに、塗籠の前、二間なる所を、殊にしつらひしたれば、例ざまならぬもをかし。朔日より雨がちにて曇りくらす。「つれなるを、杜鵑の聲たづねありかばや」といふを聞きて、われもと出でたつ。「賀茂の奧になにがしとかや、七夕の渡る橋にはあらで、にくき名ぞ聞えし。そのわたりになん日ごとに鳴く」と人の言へば、「それは蜩なり」と答ふる人もあり。そこへとて、五日のあした、宮づかさ車の事いひて、北の陣より、「五月雨はとがめなきものぞ」とて、さしよせて四人ばかりぞ乘りて行く。うらやましがりて、「今一つして同じくば」などいへば、「いな」と仰せらるれば、聞きも入れず、なさけなきさまにて行くに、馬場といふ所にて人多くさわぐ。「何事するぞ」と問へば、「手結にて眞弓射るなり。しばし御覽じておはしませ」とて車止めたり。「右近の中將みな著き給へる」といへど、さる人も見えず。六位などの立ちさまよへば、「ゆかしからぬことぞ、はやく過ぎよ」とて行きもて行けば、道も祭のころ思ひ出でられてをかし。かういふ所には、明順朝臣の家あり。そこもやがて見んといひて車よせておりぬ。田舎だち事そぎて、馬の繪書きたる障子、網代屏風、三稜草簾など、殊更に昔の事を寫し出でたり。屋のさまもはかなだちて、端近くあさはかなれど、をかしきに、げにぞかしがましと思ふばかりに鳴きあひたる杜鵑の聲を、くちをしう御前に聞しめさず、さばかり慕ひつる人々にもなど思ふ。所につけては、かかる事をなん見るべきとて、稻といふもの多く取り出でて、わかき女どものきたなげならぬ、そのわたりの家のむすめ、女などひきゐて來て、五六人してこかせ、見も知らぬくるべきもの二人してひかせて、歌うたはせなどするを、珍しくて笑ふに、杜鵑の歌よまんなどしつる、忘れぬべし。唐繪にあるやうなる懸盤などして物くはせたるを、見いるる人なければ、家あるじ「いとわろくひなびたり。かかる所に來ぬる人は、ようせずばあるもなど責め出してこそ參るべけれ。無下にかくてはその人ならず」などいひてとりはやし、「この下蕨は手づから摘みつる」などいへば、「いかで女官などのやうに、つきなみてはあらん」などいへば、とりおろして、「例のはひぶしに習はせ給へる御前たちなれば」とて、とりおろしまかなひ騒ぐほどに、「雨ふりぬべし」といへば、急ぎて車に乘るに、「さてこの歌は、ここにてこそ詠まめ」といへば、「さばれ道にても」などいひて、卯の花いみじく咲きたるを折りつつ、車の簾傍などに長き枝を葺き指したれば、ただ卯花重をここに懸けたるやうにぞ見えける。供なる男どももいみじう笑ひつつ、網代をさへつきうがちつつ、「ここまだし、ここまだし」とさし集むなり。人もあはなんと思ふに、更にあやしき法師、あやしのいふがひなき者のみ、たまさかに見ゆる、いとくちをし。近う來ぬれば、「さりともいとかうて止まんやは。この車のさまをだに人に語らせてこそ止まめ」とて、一條殿の許にとどめて、「侍從殿やおはす、杜鵑の聲聞きて、今なんかへり侍る」といはせたる。使「只今まゐる。あが君となんの給へる。さぶらひに間擴げて、指貫たてまつりつ」といふに、待つべきにもあらずとて、はしらせて、土御門ざまへやらするに、いつの間にか裝束しつらん、帶は道のままにゆひて、しばと追ひくる。供に侍、雜色、ものはかで走るめる。とくやれどいとど忙しくて、土御門にきつきぬるにぞ、喘ぎ惑ひておはして、まづこの車のさまをいみじく笑ひ給ふ。「うつつの人の乘りたるとなん更に見えぬ。猶おりて見よ」など笑ひ給へば、供なりつる人どもも興じ笑ふ。「歌はいかにか、それ聞かん」とのたまへば、「今御前に御覽ぜさせてこそは」などいふ程に、雨まことに降りぬ。「などか他御門のやうにあらで、この土御門しもうへもなく造りそめけんと、今日こそいとにくけれ」などいひて、「いかで歸らんずらん。こなたざまは唯後れじと思ひつるに、人目も知らず走られつるを、あう往かんこそいとすさまじけれ」とのたまへば、「いざ給へかし、うちへ」などいふ。「それも烏帽子にてはいかでか」「とりに遣り給へ」などいふに、まめやかにふれば、笠なき男ども、唯ひきにひき入れつ。一條より笠を持てきたるをささせて、うち見かへりうち見かへり、このたびはゆると、物憂げにて、卯の花ばかりを取りおはするもをかし。さて參りたれば、ありさまなど問はせ給ふ。うらみつる人々、怨じ心うがりながら、藤侍從、一條の大路走りつるほど語るにぞ、皆笑ひぬる。「さていづら歌は」と問はせ給ふ。かうと啓すれば、「くちをしの事や。うへ人などの聞かんに、いかでかをかしき事なくてあらん。その聞きつらん所にて、ふとこそよまましか。あまり儀式ことざめつらんぞ怪しきや。ここにてもよめ。いふかひなし」などのたまはすれば、げにと思ふに、いとわびしきを、いひ合せなどする程に、藤侍從の、ありつる卯の花につけて、卯の花の薄樣に、
ほととぎすなく音たづねに君ゆくときかば心をそへもしてまし
かへしまつらんなど、局へ硯とりに遣れば、「ただこれして疾くいへ」とて、御硯の蓋に紙など入れて賜はせたれば、「宰相の君かきたまへ」といふを、「なほそこに」などいふほどに、かきくらし雨降りて、雷もおどろおどろしう鳴りたれば、物も覺えず、唯おろしにおろす。職の御曹子は、蔀をぞ御格子にまゐり渡し惑ひしほどに、歌のかへりごとも忘れぬ。いと久しく鳴りて、少し止むほどはくらくなりぬ。只今なほその御返事たてまつらんとて、取りかかるほどに、人々上達部など、雷の事申しにまゐり給ひつれば、西面に出でて物など聞ゆるほどにまぎれぬ。人はた、「さしてえたらん人こそ知らめ」とてやみぬ。「大かたこの事に宿世なき日なり、どうじて、今はいかでさなん往きたりしとだに人に聞かせじ」などぞ笑ふを、「今もなどそれ往きたりし人どものいはざらん。されどもさせじと思ふにこそあらめ」と物しげに思しめしたるもいとをかし。「されど今はすさまじくなりにて侍るなり」と申す。「すさまじかるべき事かは」などのたまはせしかば、やみにき。二日ばかりありて、その日の事などいひ出づるに、宰相の君、「いかにぞ手づから折りたるといひし下蕨は」とのたまふを聞かせ給うて、「思ひ出づることのさまよ」と笑はせ給ひて、紙のちりたるに、
したわらびこそこひしかりけれ
とかかせ給ひて、「もといへ」と仰せらるるもをかし。
ほととぎすたづねてききし聲よりも
と書きて參らせたれば、「いみじううけばりたりや。かうまでだに、いかで杜鵑の事をかけつらん」と笑はせ給ふも恥しながら、「何か、この歌すべて詠み侍らじとなん思ひ侍るものを、物のをりなど人のよみ侍るにも、よめなど仰せらるれば、えさぶらふまじき心地なんし侍る。いかでかは、文字の數知らず、春は冬の歌をよみ、秋は春のをよみ、梅のをりは菊などをよむ事は侍らん。されど歌よむといはれ侍りしすゑは、少し人にまさりて、そのをりの歌はこれこそありけれ、さはいへどそれが子なればなどいはれたらんこそ、かひある心地し侍らめ。露とり分きたるかたもなくて、さすがに歌がましく、われはと思へるさまに最初に詠みいで侍らんなん、なき人のためいとほしく侍る」などまめやかに啓すれば、笑はせ給ひて、「さらばただ心にまかす。われは詠めともいはじ」とのたまはすれば、「いと心やすくなり侍りぬ。今は歌のこと思ひかけ侍らじ」などいひてあるころ、庚申せさせ給ひて、内大臣殿、いみじう心まうけせさせ給へり。夜うち更くるほどに題出して、女房に歌よませ給へば、皆けしきだちゆるがし出すに、宮の御前に近くさぶらひて、物啓しなど他事をのみいふを、大臣御覽じて、「などか歌はよまで離れゐたる、題とれ」とのたまふを、「さる事承りて、歌よむまじくなりて侍れば、思ひかけ侍らず」「異樣なる事、まことにさる事やは侍る。などかは許させ給ふ。いとあるまじき事なり。よし異時は知らず、今宵はよめ」など責めさせ給へど、けぎよう聞きも入れで侍ふに、こと人ども詠み出して、よしあしなど定めらるるほどに、いささかなる御文をかきて賜はせたり。あけて見れば、
もとすけが後といはるる君しもやこよひの歌にはづれてはをる
とあるを見るに、をかしき事ぞ類なきや。いみじく笑へば、「何事ぞ」と大臣ものたまふ。
その人の後といはれぬ身なりせばこよひの歌はまづぞよままし。
「つつむ事さふらはずば、千歌なりとも、これよりぞ出でまうで來まし」と啓しつ。
105
御かた公達上人など、御前に人多く侍へば、廂の柱によりかかりて、女房と物語してゐたるに、物をなげ賜はせたる。あけて見れば、「思ふべしやいなや、第一ならずばいかが」と問はせ給へり。御前にて物語などする序にも、「すべて人には一に思はれずば、さらに何にかせん。唯いみじうにくまれ、惡しうせられてあらん。二三にては死ぬともあらじ、一にてをあらん」などいへば、一乘の法なりと人々わらふ事のすぢなめり。筆紙たまはりたれば、「九品蓮臺の中には下品といふとも」と書きてまゐらせたれば、「無下に思ひ屈じにけり。いとわろし。いひそめつる事は、さてこそ有らめ」とのたまはすれば、「人に隨ひてこそ」と申す。「それがわろきぞかし。第一の人に、又一に思はれんとこそ思はめ」と仰せらるるもいとをかし。