枕草子: 256-260

256
關白殿、二月十日のほどに、法興院の積善寺といふ御堂にて、一切經供養せさせ給ふ。女院、宮の御前もおはしますべければ、二月朔日のほどに、二條の宮へ入らせ給ふ。夜更けてねぶたくなりにしかば、何事も見入れず。翌朝、日のうららかにさし出でたる程に起きたれば、いと白うあたらしうをかしげに作りたるに、御簾より始めて、昨日かけたるなンめり。御しつらひ、獅子狛犬など、いつのほどにや入り居けんとぞをかしき。櫻の一丈ばかりにて、いみじう咲きたるやうにて、御階のもとにあれば、いと疾う咲きたるかな、梅こそ只今盛なンめれと見ゆるは、作りたるなンめり。すべて花のにほひなど、咲きたるに劣らず、いかにうるさかりけん。雨降らば、萎みなんかしと見るぞ口惜しき。小家などいふ物の多かりける所を、今作らせ給へれば、木立などの見所あるは、いまだなし。ただ宮のさまぞ、けぢかくをかしげなる。殿渡らせ給へり。青鈍の堅紋の御指貫、櫻の直衣に、紅の御衣三つばかり、唯直衣にかさねてぞ奉りたる。御前より初めて、紅梅の濃きうすき織物、堅紋、立紋など、あるかぎり著たれば、唯ひかり滿ちて、唐衣は萌黄、柳、紅梅などもあり。御前に居させ給ひて、物など聞えさせ給ふ。御答のあらまほしさを、里人に僅にのぞかせばやと見奉る。女房どもを御覽じ渡して、「宮に何事を思しめすらん。ここらめでたき人々を竝べすゑて御覽ずるこそ、いと羨しけれ。一人わろき人なしや、これ家々の女ぞかし。あはれなり。よくかへりみてこそさぶらはせ給はめ。さてもこの宮の御心をば、いかに知り奉りて集り參り給へるぞ。いかにいやしく物惜しみせさせ給ふ宮とて、われは生れさせ給ひしよりいみじう仕うまつれど、まだおろしの御衣一つ給はぬぞ。何かしりうごとには聞えん」などの給ふがをかしきに、みな人々笑ひぬ。「まことぞ、をこなりとてかく笑ひいまするが恥し」などの給はする程に、内裏より御使にて、式部丞某まゐれり。御文は、大納言殿取り給ひて、殿に奉らせ給へば、ひき解きて、「いとゆかしき文かな。ゆるされ侍らばあけて見侍らん」との給はすれば怪しうとおぼいたンめり。「辱くもあり」とて奉らせ給へば、取らせ給ひても、ひろげさせ給ふやうにもあらず、もてなさせ給ふ、御用意などぞありがたき。すみのまより、女房茵さし出でて、三四人御几帳のもとに居たり。「あなたにまかりて、禄の事ものし侍らん」とてたたせ給ひぬる後に、御文御覽ず。御返しは紅梅の紙に書かせ給ふが、御衣のおなじ色ににほひたる、猶斯うしも推し量り參らする人はなくやあらんとぞ口をしき。今日は殊更にとて、殿の御かたより禄は出させ給ふ。女の裝束に、紅梅の細長そへたり。肴などあれば、醉はさまほしけれど、「今日はいみじき事の行幸に、あが君許させ給へ」と大納言殿にも申して立ちぬ。君達などいみじう假粧し給ひて、紅梅の御衣も劣らじと著給へるに、三の御前は御匣殿なり。中の姫君よりも大に見え給ひて、うへなど聞えんにぞよかンめる。うへも渡らせ給へり。御几帳ひき寄せて、新しく參りたる人々には見え給はねば、いぶせき心地す。さし集ひて、かの日の裝束、扇などの事をいひ合するもあり。又挑みかはして、「まろは何か、唯あらんにまかせてを」などいひて、「例の君」などにくまる。夜さりまかンづる人も多かり。かかる事にまかンづれば、え止めさせ給はず。うへ日々に渡り、夜もおはします。君達などおはすれば、御前人少なく候はねばいとよし。内裏の御使日々に參る。御前の櫻、色はまさらで、日などにあたりて、萎みわるうなるだにわびしきに、雨の夜降りたる翌朝、いみじうむとくなり。いと疾く起きて、「泣きて別れん顏に、心おとりこそすれ」といふを聞かせ給ひて、「げに雨のけはひしつるぞかし、いかならん」とて驚かせ給ふに、殿の御方より侍の者ども、下種など來て、數多花のもとに唯よりによりて、引き倒し取りて、「密に往きて、まだ暗からんに取れとこそ仰せられつれ、明け過ぎにけり、不便なるわざかな、疾く」と倒し取るに、いとをかしくて、いはばいはなんと、兼澄が事を思ひたるにやとも、よき人ならばいはまほしけれど、「かの花盗む人は誰ぞ、あしかンめり」といへば、笑ひて、いとど逃げて引きもていぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。莖どもにぬれまろがれつきて、いかに見るかひなからましと見て入りぬ。掃殿寮まゐりて御格子まゐり、主殿の女官御きよめまゐりはてて、起きさせ給へるに、花のなければ、「あなあさまし。かの花はいづちいにける」と仰せらる。「あかつき盗人ありといふなりつるは、なほ枝などを少し折るにやとこそ聞きつれがしつるぞ。見つや」と仰せらる。「さも侍らず。いまだ暗くて、よくも見侍らざりつるを、しろみたるものの侍れば、花を折るにやと、うしろめたさに申し侍りつる」と申す。「さりともかくはいかでか取らん。殿の隱させ給へるなンめり」とて笑はせ給へば、「いで、よも侍らじ。春風の爲て侍りなん」と啓するを、「かくいはんとて隱すなりけり。ぬすみにはあらで、ふりにこそふるなりつれ」と仰せらるるも、珍しき事ならねど、いみじうめでたき。殿おはしませば、寐くたれの朝顏も、時ならずや御覽ぜんと引き入らる。おはしますままに、「かの花うせにけるは、いかにかくは盗ませしぞ、いぎたなかりける女房たちかな。知らざりけるよ」と驚かせ給へば、「されど我よりさきにとこそ思ひて侍るめりつれ」と忍びやかにいふを、いと疾く聞きつけさせ給ひて、「さ思ひつる事ぞ、世に他人いでて見つけじ、宰相とそことの程ならんと推し量りつ」とて、いみじう笑はせ給ふ。「さりげなるものを、少納言は春風におほせける」と宮の御前にうちゑませ給へる、めでたし。「虚言をおほせ侍るなり。今は山田も作るらん」とうち誦ぜさせ給へるも、いとなまめきをかし。「さてもねたく見つけられにけるかな。さばかり誡めつるものを、人の所に、かかるしれもののあるこそ」との給はす。「春風はそらにいとをかしうも言ふかな」と誦ぜさせ給ふ。「ただことには、うるさく思ひよりて侍りつかし。今朝のさまいかに侍らまし」とて笑はせ給ふを小若君「されどそれはいと疾く見て、雨にぬれたりなど、おもてぶせなりといひ侍りつ」と申し給へばいみじうねたからせ給ふもをかし。さて八日九日の程にまかンづるを、「今少し近うなして」など仰せらるれど、出でぬ。いみじう常よりものどかに照りたる晝つかた、「花のこころ開けたりや、いかがいふ」との給はせたれば、「秋はまだしく侍れど、よにこの度なんのぼる心地し侍る」など聞えさせつ。出させ給ひし夜、車の次第もなく、まづとのり騒ぐがにくければ、さるべき人三人と、「猶この車に乘るさまのいとさわがしく、祭のかへさなどのやうに、倒れぬべく惑ふいと見ぐるし。たださはれ、乘るべき車なくてえ參らずば、おのづから聞しめしつけて賜はせてん」など笑ひ合ひて立てる前より、押し凝りて、惑ひ乘り果てて出でて、「かうか」といふに、「まだここに」と答ふれば、宮司寄り來て、「誰々かおはする」と問ひ聞きて、「いと怪しかりけることかな。今は皆乘りぬらんとこそ思ひつれ。こはなどてかくは後れさせ給へる。今は得選を乘せんとしつるに。めづらかなるや」など驚きて寄せさすれば、「さばまづその御志ありつらん人を乘せ給ひて、次にも」といふ聲聞きつけて「けしからず腹ぎたなくおはしけり」などいへば、乘りぬ。その次には、誠にみづしが車にあれば、火もいと暗きを、笑ひて、二條の宮に參りつきたり。御輿は疾く入らせ給ひて、皆しつらひ居させ給ひけり。「ここに呼べ」と仰せられければ、左京、小左近などいふ若き人々、參る人ごとに見れど、なかりけり。おるるに隨ひ、四人づつ御前に參り集ひて侍ふに、「いかなるぞ」と仰せられけるも知らず、ある限おりはててぞ、辛うじて見つけられて、「かばかり仰せらるるには、などかくおそく」とて率ゐて參るに、見れば、いつの間に、かうは年ごろの住居のさまに、おはしましつきたるにかとをかし。「いかなれば、かう何かと尋ぬばかりは見えざりつるぞ」と仰せらるるに、とかくも申さねば、諸共に乘りたる人、「いとわりなし。さいはての車に侍らん人は、いかでか疾くは參り侍らん。これもほとえ乘るまじく侍りつるを、みづしがいとほしがりて、ゆづり侍りつるなり。暗う侍りつる事こそ、わびしう侍りつれ」と笑ふ啓するに、「行事するもののいとあやしきなり。又などかは心知らざらん者こそつつまめ、右衞門などはいへかしなど仰せらる。「されどいかでか走りさきだち侍らん」などいふも、かたへの人、にくしと聞くらんと聞ゆ。「さまあしうて、かく乘りたらんもかしこかるべき事かは。定めたらんさまの、やんごとなからんこそよからめ」とものしげに思し召したり。「おり侍るほどの待遠に、苦しきによりてにや」とぞ申しなほす。
御經のことに、明日渡らせおはしまさんとて、今宵參りたり。南院の北面にさしのぞきたれば、たかつきどもに火をともして、二人三人四人、さるべきどち、屏風引き隔てつるもあり、几帳中にへだてたるもあり。又さらでも集ひ居て、衣ども閉ぢ重ね、裳の腰さし、假粧ずるさまは、更にもいはず、髮なンどいふものは、明日より後はありがたげにぞ見ゆる。「寅の時になん渡らせ給ふべかなる。などか今まで參り給はざりつる。扇もたせて、尋ね聞ゆる人ありつ」など告ぐ。「まて、實に寅の時か」とさうぞき立ちてあるに、明け過ぎ、日もさし出でぬ。西の對の唐廂になん、さし寄せて乘るべきとて、あるかぎり渡殿へ行く程に、まだうひしきほどなる今參どもは、いとつつましげなるに、西の對に殿すませ給へば、宮にもそこにおはしまして、まづ女房車に乘せさせ給ふを御覽ずとて、御簾の中に、宮、淑景舎、三四の君、殿のうへ、その御弟三所、立ち竝みておはします。車の左右に、大納言、三位中將二所して、簾うちあげ、下簾ひきあげて乘せ給ふ。皆うち群れてだにあらば、隱れ所やあらん。四人づつ書立に隨ひて、それと呼び立てて、乘せられ奉り、歩み行く心地、いみじう實にあさましう、顯證なりとも世の常なり。御簾のうちに、そこらの御目どもの中に、宮の御前の見ぐるしと御覽ぜんは、更にわびしき事かぎりなし。身より汗のあゆれば、繕ひ立てたる髮などもあがりやすらんと覺ゆ。辛うじて過ぎたれば、車のもとに、いみじう恥しげに、清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふも現ならず。されど倒れず、そこまでは往き著きぬるこそ、かしこき顏もなきかと覺ゆれど、皆乘りはてぬれば、引き出でて、二條の大路に榻立てて、物見車のやうにて立ち竝べたる、いとをかし。人もさ見るらんかしと、心ときめきせらる。四位五位六位など、いみじう多う出で入り、車のもとに來て、つくろひ物いひなどす。まづ院の御むかへに、殿を始め奉りて、殿上と地下と皆參りぬ。それ渡らせ給ひて後、宮は出させ給ふべしとあれば、いと心もとなしと思ふほどに、日さしあがりてぞおはします。御車ごめに十五、四つは尼の車、一の御車は唐の車なり。それに續きて尼の車、後口より水精の珠數、薄墨の袈裟衣などいみじくて、簾はあげず。下簾も薄色の裾少し濃き。次にただの女房の十、櫻の唐衣、薄色の裳、紅をおしわたし、かとりの表著ども、いみじうなまめかし。日はいとうららかなれど、空は淺緑に霞み渡るに、女房の裝束の匂ひあひて、いみじき織物のいろの唐衣などよりも、なまめかしう、をかしき事限なし。關白殿、その御次の殿ばら、おはする限もてかしづき奉らせ給ふ、いみじうめでたし。これら見奉り騒ぐ、この車どもの二十立ち竝べたるも、又をかしと見ゆらんかし。いつしか出でさせ給はばなど、待ち聞えさするに、いと久し。いかならんと心もとなく思ふに、辛うじて、采女八人馬に乘せて引き出づめり。青末濃の裳、裙帶、領巾などの風に吹きやられたる、いとをかし。豐前といふ采女は、典藥頭重正が知る人なり。葡萄染の織物の指貫を著たれば、いと心ことなり。「重正は色許されにけり」と山の井の大納言は笑ひ給ひて、皆乘り續きて立てるに、今ぞ御輿出でさせ給ふ。めでたしと見え奉りつる御有樣に、これは比ぶべからざりけり。朝日はなとさしあがる程に、木の葉のいと花やかに輝きて、御輿の帷子の色艶などさへぞいみじき。御綱はりて出でさせ給ふ。御輿の帷子のうちゆるぎたるほど、實に頭の毛など、人のいふは更に虚言ならず。さて後に髮あしからん人もかこちつべし。あさましう、いつくしう、猶いかでかかる御前に馴れ仕うまつらんと、わが身もかしこうぞ覺ゆる。御輿過ぎさせ給ふほど、車の榻ども、人給にかきおろしたりつる、また牛どもかけて、御輿の後につづきたる心地の、めでたう興あるありさま、いふかたなし。おはしましつきたれば、大門のもとに高麗唐土の樂して、獅子狛犬をどり舞ひ、笙の音、鼓の聲に物もおぼえず。こはいづくの佛の御國などに來にけるにかあらんと、空に響きのぼるやうにおぼゆ。内に入りぬれば、いろの錦のあげばりに、御簾いと青くてかけ渡し、屏幔など引きたるほど、なべてただにこの世とおぼえず。御棧敷にさし寄せたれば、又この殿ばら立ち給ひて、「疾くおりよ」との給ふ。乘りつる所だにありつるを、今少しあかう顯證なるに、大納言殿、いとものしく清げにて、御下襲のしりいと長く所せげにて、簾うちあげて、「はや」とのたまふ。つくろひそへたる髮も、唐衣の中にてふくだみ、あやしうなりたらん。色の黒さ赤ささへ見わかれぬべき程なるが、いとわびしければ、ふとも得降りず。「まづ後なるこそは」などいふほども、それも同じこころにや、「退かせ給へ、かたじけなし」などいふ。「恥ぢ給ふかな」と笑ひて、立ちかへり、辛うじておりぬれば、寄りおはして、「むねたかなどに見せで、隱しておろせと、宮の仰せらるれば來たるに、思ひぐまなき」とて、引きおろして率て參り給ふ。さ聞えさせ給ひつらんと思ふもかたじけなし。參りたれば、初おりける人どもの、物の見えぬべき端に、八人ばかり出で居にけり。一尺と二尺ばかりの高さの長押のうへにおはします。ここに立ち隱して、「率て參りたり」と申し給へば、「いづら」とて几帳のこなたに出でさせ給へり。まだ唐の御衣裳奉りながらおはしますぞいみじき。紅の御衣よろしからんや、中に唐綾の柳の御衣、葡萄染の五重の御衣に、赤色の唐の御衣、地摺の唐の羅に、象眼重ねたる御裳など奉りたり。織物の色、更になべて似るべきやうなし。「我をばいかが見る」と仰せらる。「いみじうなん候ひつる」なども、言に出でてはよのつねにのみこそ。「久しうやありつる。それは殿の大夫の、院の御供にきて、人に見えぬる、おなじ下襲ながら、宮の御供にあらん、わろしと人思ひなんとて、殊に下襲ぬはせ給ひけるほどに、遲きなりけり。いとすき給へり」などとうち笑はせ給へる、いとあきらかに晴れたる所は、今少しけざやかにめでたう、御額あげさせ給へる釵子に、御分目の御髮の聊よりて、著く見えさせ給ふなどさへぞ、聞えんかたなき。三尺の御几帳一雙をさしちがへて、こなたの隔にはして、その後には、疊一枚を、長ざまに縁をして、長押の上に敷きて、中納言の君といふは、殿の御伯父の兵衞督忠君と聞えけるが御女、宰相の君とは、富小路の左大臣の御孫、それ二人ぞうへに居て見え給ふ。御覽じわたして、「宰相はあなたに居て、うへ人どもの居たる所、往きて見よ」と仰せらるるに、心得て、「ここに三人いとよく見侍りぬべし」と申せば、「さば」とて召し上げさせ給へば、しもに居たる人々、「殿上許さるる内舎人なンめりと笑はせんと思へるか」といへば、「うまさへのほどぞ」などいへば、そこに入り居て見るは、いとおもだたし。かかる事などをみづからいふは、ふきがたりにもあり、また君の御ためにも輕々しう、かばかりの人をさへ思しけんなど、おのづから物しり、世の中もどきなどする人は、あいなく畏き御事にかかりて、かたじけなけれど、あな辱き事などは、又いかがは。誠に身の程過ぎたる事もありぬべし。院の御棧敷、所々の棧敷ども見渡したる、めでたし。殿はまづ院の御棧敷に參り給ひて、暫時ありてここに參り給へり。大納言二所、三位中將は陣近う參りけるままにて、調度を負ひて、いとつきしうをかしうておはす。殿上人、四位五位、こちたううち連れて、御供に侍ひ竝み居たり。入らせ給ひて見奉らせ給ふに、女房あるかぎり、裳、唐衣、御匣殿まで著給へり。殿のうへは、裳のうへに小袿をぞ著給へる。「繪に書きたるやうなる御さまどもかな。今いらい今日はと申し給ひそ。三四の君の御裳ぬがせ給へ。この中の主君には、御前こそおはしませ。御棧敷の前に陣をすゑさせ給へるは、おぼろけのことか」とてうち泣かせ給ふ。實にと、見る人も涙ぐましきに、赤色櫻の五重の唐衣を著たるを御覽じて、「法服ひとくだり足らざりつるを、俄にまとひしつるに、これをこそかり申すべかりけれ。さらばもし又、さやうの物を切り調めたるに」との給はするに、又笑ひぬ。大納言殿少し退き居給へるが、聞き給ひて、「清僧都のにやあらん」との給ふ。一言としてをかしからぬ事ぞなきや。僧都の君、赤色の羅の御衣、紫の袈裟、いと薄き色の御衣ども、指貫著たまひて、菩薩の御樣にて、女房にまじりありき給ふもいとをかし。「僧綱の中に、威儀具足してもおはしまさで、見ぐるしう女房の中に」など笑ふ。父の大納言殿、御前より松君率て奉る。葡萄染の織物の直衣、濃き綾のうちたる、紅梅の織物など著給へり。例の四位五位いと多かり。御棧敷に女房の中に入れ奉る。何事のあやまりにか、泣きののしり給ふさへいとはえし。事始りて、一切經を、蓮の花のあかきに、一花づつに入れて、僧俗、上達部、殿上人、地下六位、何くれまでもて渡る、いみじうたふとし。大行道導師まゐり、囘向しばし待ちて舞などする、日ぐらし見るに、目もたゆく苦しう。うちの御使に、五位の藏人まゐりたり。御棧敷の前に胡床立てて居たるなど、實にぞ猶めでたき。夜さりつかた、式部丞則理まゐりたり。「やがて夜さり入らせ給ふべし。御供に侍へと、宣旨侍りつ」とて歸りも參らず。宮は「なほ歸りて後に」との給はすれども、また藏人の辨まゐりて、殿にも御消息あれば、唯「仰のまま」とて、入らせ給ひなどす。院の御棧敷より、千賀の鹽竈などのやうの御消息、をかしき物など持て參り通ひたるなどもめでたし。事はてて院還らせ給ふ。院司上達部など、このたびはかたへぞ仕う奉り給ひける。宮は内裏へ入らせ給ひぬるも知らず、女房の從者どもは、「二條の宮にぞおはしまさん」とて、そこに皆往き居て、待てど見えぬ程に、夜いたう更けぬ。内裏には宿直物持て來らんと待つに、きよく見えず。あざやかなる衣の、身にもつかぬを著て、寒きままに、にくみ腹立てどかひなし。翌朝きたるを、「いかにかく心なきぞ」などいへば、となふる如もさ言はれたり。又の日雨降りたるを、殿は「これになん、わが宿世は見え侍りぬる。いかが御覽ずる」と聞えさせ給ふ。御心おちゐ理なり。
257
たふときもの
九條錫杖。念佛の囘向。
258
歌は
杉たてる門。神樂歌もをかし。今樣はながくてくせづきたる。風俗よくうたひたる。
259
指貫は
紫の濃き。萌黄。夏は二藍。いと暑き頃、夏蟲の色したるもすずしげなり
260
狩衣は
香染のうすき。白きふくさの赤色。松の葉いろしたる。青葉。さくら。やなぎ。又あをき。ふぢ。男は何色のきぬも。